かもめストーリー(3)メールマガジンサイトの衝撃!

メルマガ発行者がすごい!

1999年 社内にインターネット事業を立ち上げる部署ができたので、転職ではなく異動という形でインターネットに関わる仕事に就くことができました。部署の名前は、「e-ビジネス開発部」当時はインターネットビジネスのことを、eビジネスって呼んでいたんですね。当時電機メーカーが続々とプロバイダー事業に参入している流れで、社内異動後はプロバイダーの子会社に出向になりました。

そこで最初に担当したのは、当時爆発的に広がっていたメールマガジンの無料配信サイトの立ち上げと運営でした。社内ベンチャー的な雰囲気で人数も少なかったので、サービス設計からWebのディレクション、営業までなんでもやるっきゃない!の精神で楽しく働かせてもらいました。教科書も何もないし、経験者もいなかったので、サービス設計や開発スケジュールなど、自分で考えてやっていくしかなかったのですが、それが本当に楽しかった!

そして、メールマガジンサイトを運営してみて一番びっくりしたのは、個人の方が書くメールマガジンのクオリティがものすごく高かったこと。

内容はもちろんですが、メルマガならではの装飾や表現など、読んでもらうための様々な工夫をしていたり、特にTOP100位に入るような人気メルマガの発行者の方は、毎日、毎週欠かさずに、クオリティの高い情報を発信していました。これまで情報発信はTVや雑誌、本など特定の媒体に関わる人しかできなかったことが、誰でも情報発信できる喜びがそれぞれのメールマガジンに溢れていた気がします。みなさん会社員だったり、主婦だったり、決して書くことを職業にしていない個人が、こんな風に情報発信できるってすごいなーと。メールマガジンサイトの運営は、とても刺激に溢れていました。

私もユーザー心理を理解するために、いくつかメルマガを書いていたのですが、メルマガ配信後に、感想をメールで頂いたり、全然知らない人とつながる驚きや、情報を発信すると情報が集まってくる法則なども実感し、これが今のお仕事にも繋がっています。

2002年メールマガジンブームもひと段落した頃、他のサービスも関わってみたい!という想いも強くなり、リモートでPCに番組の録画予約ができる機能を提供するテレビ番組サイトの運営やディレクションなどもやっているうちに、異動して4年が経っていました!そして私も30代に。

多くの人に使ってもらえてもマネタイズが難しい・・・

2000年前後は、まだWebサービスのマネタイズがなかなか難しい時代で、メルマガ事業も、バナー広告やメルマガ広告などの広告では収益が上がらず、メールアドレス管理ができる有料のメール配信システムが主な収益源でした。コンテンツ系だと占い系、某くまさんのメールソフト&サービスなど一部のサービスは収益がありましたが、Webサービスやコンテンツではなかなかお金にならない…。社内でも社外でも立ち上げたものの、お金にならずに潰れていったWebサービスも多く、ITバブルも弾けちゃいました。Webの可能性はみんな感じていたけど、どうやったらお金になるのか、模索の時代。

そんなタイミングとそんな時代に、妊娠&産休に突入します!
もちろん、復帰してまた楽しく働くつもりでいたのですが…。

つづく。